Last Note ラストノート
東京都新宿区四谷4-27-3 慶愛ビルB1階
イタリア料理、フランス料理のシェフとして、またパティシエとして一流の実績を持つ河崎賢司氏によるファン待望の店。 料金(ディナー11000円~)、メニューともにゲストが決めるという斬新なスタイルで、唯一無二の食空間を演出。
※2021年4月時点です。
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GABAN® 馬告(マーガオ)ホール
馬告(マーガオ)は、見た目は胡椒のようですが、柑橘を思わせる爽やかな香りが印象的ですね。使う直前にモルタルで軽く砕くと、その香りが際立ちます。
スパイスは「酸」のある食材と組み合わせると香りが立つという特徴がありますので、今回は酸味のある食材の組み合わせを意識し、ル レクチェのコンポート、カシスのパルフェと、レモンのキャビアゼリーにマーガオを組み合わせました。それぞれの個性がスノードームの中でひとつになった時に生まれる味わいや香りが楽しいですね。 -
GABAN® バニラビーンズ
バニラビーンズは、デセールに寄り添うスパイスとして最も有名なスパイスのひとつかもしれませんね。焼き菓子の香りづけや、乳製品を使ったクリーミーなレシピが定番ですが、実は果物のコンポートにも好相性。今回は少し酸味がありながら、なめらかな果肉感のル レクチェに効かせました。バニラの甘い香りをまとうことで、ちょっと大人っぽい色気のあるコンポートが仕上がりますよ。
最初に料理に興味を持ったのは、子どもの頃、母と一緒に作った家庭料理でした。今も放送されている人気料理番組を見ながら作った料理が美味しくできると嬉しかったことをよく覚えています。褒めてくれた母のおかげで、料理がとても身近な楽しみになりました。
本格的に料理の勉強を始めた頃から、自分が店を持つとしたらどんなお店を作りたいか?というイメージを常に考えるようになり、そんな中でとても影響を受けたのが、宮沢賢治の童話「注文の多い料理店」です。
創造的な世界の描写や言葉の魅力に引き込まれたのはもちろんですが、ドキドキするような「夢のあるレストラン」を作りたい、という目標を作ってくれたお話ですね。
実際のお話は、結末につながる布石として、お店側がお客にさまざまな注文をつけていく……。というものですが、僕は逆に、お客様がお店に自由な要望を伝えられる場所にしたらどうかと思ったんです。だから、僕の店には決まったメニューや価格(8000円~)はありません。ひとりひとりのオーダーメイドで、一期一会のテーブルを演出できたらいいな、と。
これまでにお客様の依頼のもと作ったテーマで素敵だな、と思ったのは、「誕生石のガーネットをイメージしたお料理」というオーダーや、ご夫婦の結婚記念日に「月下美人の花をテーマにコースを楽しみたい」というものなど。お客様とのコミュニケーションから新しい料理が生まれるのは、自分にとっても刺激になりますね。
シェフとして料理に向き合っていた頃、コース料理を提供するならデセールまできちんと作れるようになりたいと思うようになりました。一流と言われるレストランでは料理とデセールはそれぞれシェフ、パティシエが担当することがほとんどです。でも、僕は料理だけでなくデセールについても自分できちんと理解した上で、納得のいくクオリティで提供したい。その気持ちは日に日に強くなり、それまでの経験をいったんリセットし、パティシエの修行を始めたんです。
パティシエの修行は刺激的でした。特に盛り付けやお皿の選び方など、見せ方の工夫には、シェフとして培ってきた経験とは違った繊細さや、夢のある世界観を感じました。
今、「Last Note」で使っているお皿は1枚ずつ職人さんが焼いたオーダーメイドのものです。デセールに限ったことではありませんが、料理1品ごとに、味、仕上がりの見た目はもちろん、香りやその背景に感じる世界観を受け止めるようなお皿は、市販のものではなかなか見つけられない。食器は料理と同じくらいこだわるべきだと思ったので、妥協せずに自分でデザインやプロデュースを手掛けることもあります。こうしたディテールにこだわった演出も、パティシエの経験から培ったもののひとつかもしれません。
10代で料理の道に入って40代の今、シェフでもパティシエでもなく「ジェネラリスト」と称しているのは、すべての料理はもちろん、皿や空間づくりも含めて自分の納得いくクオリティまでレストランを高めたいから。ジェネラリストとは、いくつかの専門性を身につけながら、それらを総合的に判断してまとめる役割のことですから、全てにおいて精通しているだけでなく、技術も伴う必要がある。この肩書は、料理人としてのパフォーマンスを常に磨き続けたいという自分の方向性を表す名前でもありますね。
レストランを作ることについて総合的な視点を持つからには、常に料理や演出のアイデアを磨きたいと思っています。僕の場合、発想は厨房の中だけじゃなく、外の世界から得ることが多いですね。例えばファッションや旅、読書など、自分を豊かにしてくれるエッセンスが欠かせません。
特にファッションやアートからイメージを得ることが多く、デザインや色使い、全体的な雰囲気などは、食材の組み合わせや味の重ね方、お皿の上での演出を考えるのにとても勉強になります。
あるいは具体的なモノじゃなくても、ひとりで物思いにふけったり、恋をしたりなど、心が刺激されるような体験がいいのだと思います。
僕の経験上、技術やセンスが優れているだけじゃなく、様々な経験を通じて自分磨きをした、人としてチャーミングで色気がある人の作る料理は実に魅力的で惹きつけられるものがありますね。自分もそうでありたいと常に思っています。
また、僕は「香りフェチ」で、香水が大好き。店名の「Last Note(ラスト ノート)」も、香水の最後まで残る余韻を表す言葉から名付けました。トップノートからラストノートへと、人に触れることで、みるみる印象が変化していくところは料理とも共通点があります。
香りが命のスパイスも、料理に圧倒的な満足度とクオリティ、そして忘れられない印象を残す大切な要素ですね。
香りは無くても生きていけるけれど、あると人生が豊かになる嗜好的な存在であり、料理にも人にも色気を与えてくれるものだと思います。
今回ご紹介した料理は、すべてスパイスに着目したオリジナルレシピです。スパイスは料理の引き立て役だけに、食材との相性やスパイス同士の調合など組み合わせのパターンが無数にあるので、自分の感覚に沿って作ってみました。
例えば「タンドリー甘鯛」などは7種のスパイスを調合したタンドリースパイスがアクセントになっていますが、スパイスの選び方、分量ともに過去のレシピは参考にしていません。また、マーガオスノードームは、レシピというよりも食材とスパイスの相性をまず意識しました。柑橘の香りを持つマーガオが生きるよう、ル レクチェの香りやカシスの酸味と組み合わせ、シンプルな使い方でもスパイスが全体のまとめ役になれるような構成を狙いました。
スパイス使いのコツは、「今、こんな雰囲気の香り、味わいに仕上げたい」と思う自分のイメージが大切ですね。
以前、一緒に仕事をしていた上司のジャニス・ウォンが「料理は美味しいだけが正解じゃない。例え不味かったとしても、それが印象に残れば得るものがある」と言っていました。不味いというのは極端かもしれませんが、それくらい、一皿の料理に攻めの姿勢を貫いていることは素晴らしい。当時は「(考え方が)ぶっとんでいる!」って思いましたが、訪れるたびに、新鮮で感覚を揺さぶられるような食の体験があるレストランを作りたい、と思う気持ちは僕も一緒です。
世界には素晴らしい料理人による完成されたレシピが山のようにあって、それらを再現するには高い技術が必要なのはもちろんですが、レシピ通りに作るだけでは新しい味やオリジナリティは生まれません。たとえ失敗したとしても、自分らしさを追求した料理には、どこか惹かれるものがあるのかもしれませんね。
さまざまなレストランでの経験を経て、今は自分の目が届く範囲でおもてなしができる規模の店を構えるのがちょうどいいと感じています。
僕がレストランづくりで最も大切にしているのは「ホスピタリティ」ですが、料理はもちろん、ひとりひとりのお客様に満足いただけるサービスは、マニュアルでは作れません。会話を楽しみながら食事を楽しみたい人もいれば、静かに堪能したい人もいる。それぞれのお客様の雰囲気を読み取り、望まれる演出や特別な時間を提供することがレストランの役目だと考えています。
それには、料理の技術だけでなく、おもてなしのセンスや、店にお客様を惹きつける魅力も必要で、非常に高度なマルチタスクが求められます。どんな仕事でもそうですが、簡単には叶えられません。だけど、それを苦労に感じていたら「メニューも価格もお客様に決めていただく」、なんてスタイルはやるべきじゃないですよね(笑)。
僕はよく後輩に「砂漠を歩かない者にオアシスは見えない」と伝えてきました。どれだけ歩いたかによって、見えてくる景色も違う。納得のいく料理とサービスを提供するのは一言でいうと「骨が折れる」仕事だけれど、お客様の満足した様子に触れると疲れも忘れてしまいます。わがままなオーダーであればあるほど、その先のオアシスが美しいものですよ。